例えば、次のような表形式のデータがあるとする。
名前 | 年齢(享年) |
---|---|
徳川 家康 |
75
|
徳川 秀忠 |
54
|
徳川 家光 |
48
|
上記の表データを、汎用性を考慮せず、単純にRDFに変換すると次のようになる。(Turtle形式)
@prefix shogun: <http://example.org/shogun_schema#> .
:001 shogun:名前 "徳川 家康" ;
shogun:年齢 75 .
:002 shogun:名前 "徳川 秀忠" ;
shogun:年齢 54 .
:003 shogun:名前 "徳川 家光" ;
shogun:年齢 48 .
上記で使っている shogun:名前 や shogun:年齢 は、私が適当に定義した語彙であり、こういった語彙は「独自定義語彙」などと呼ばれている。
独自定義語彙は、政府組織や権威のある学術機関がきっちり定義したものであれば再利用性が生じるが、そうでなければ、作成者限りの「狭い語彙」とみなされる。
上記のような、すべてが「狭い語彙」のRDFの価値は無に等しく、元データのエクセル表のほうがよっぽど汎用的で分かりやすい。
次に、世界標準の語彙を使って書き直したRDFを示す。
@prefix foaf: <http://xmlns.com/foaf/0.1/> .
:001 foaf:name "徳川 家康" ;
foaf:age 75 .
:002 foaf:name "徳川 秀忠" ;
foaf:age 54 .
:003 foaf:name "徳川 家光" ;
foaf:age 48 .
上記であれば、誰もが納得の「開かれた」RDFであることが一目瞭然だ。
しかしながら、作成者のセンスによっては、次のように書かれることもあろう。
@prefix schema: <http://schema.org/> .
@prefix foaf: <http://xmlns.com/foaf/0.1/> .
:001 schema:familyName "徳川" ;
schema:givenName "家康" ;
foaf:age 75 .
:002 schema:familyName "徳川" ;
schema:givenName "秀忠" ;
foaf:age 54 .
:003 schema:familyName "徳川" ;
schema:givenName "家光" ;
foaf:age 48 .
これはこれで、世界標準のRDFとしてきちんと成立している。
じゃあ、どっちが正しいの、と聞かれると、どっちも正しい、としか言いようがない。
(日本語)これはラーメンです。
(英語) This is a ramen.
(フランス語) C'est un ramen.
(日本語・大阪弁)これはラーメンやねん。
(日本語・博多弁)これはラーメンばい。
上記がどれも正しいのと一緒。使っている言語や方言が違うだけだ。
これらを踏まえた上で、さて、共通語彙基盤はどこを目指しているのか。
我々ユーザーは、どう理解し、どう活用したらいいのか。
IMIのホームページには次の記載がある。
『国・地方公共団体等が公開するデータの標準化を通じて、データの作成、流通、交換を容易にし促進するための基盤で、データに「価値」を生み出すことを目指しています。』
ここ数年で、国や自治体のオープンデータ事業はかなり進み、官が保有している膨大なデータが、二次利用可能な形で、徐々に公開されるようになってきた。
その一方で、その提供されるデータ群は、省庁や自治体ごとに形式がバラバラで、使い勝手が良いとは言い難い。
これらのまとまりのないデータを標準化し、ユーザーが使いやすいものにするためのアプローチの一つが「政府推奨データセット」であり、もう一つがこの共通語彙基盤だ。
徳川将軍のデータに戻って、その二つの役割分担を考えてみる。
【政府推奨データセット】
⇒ 徳川将軍データセットに必要な項目は「名前」及び「年齢」であると決める。
【共通語彙基盤】
⇒ 徳川将軍データセットにおける「名前」及び「年齢」という各項目が、具体的に何を示しているかを明確にする。
もう少し具体的にいうと、共通語彙基盤を用いて、例えば「ものごとの名前」を表現するときは、その対象の性質により表現方法が変わる。
(人の名前の場合) 人型>氏名型>ic:氏名>ic:姓名 ⇒ 徳川家康
(組織の名称の場合) 組織型>名称型>ic:表記 ⇒ 加賀藩
(イベントの名称の場合)イベント型>名称型>ic:表記 ⇒ 大政奉還
このような形で、対象項目が何を示しているかをきっちり指し示し、曖昧さを排除した表現とするのが、共通語彙基盤の役割であろう。
【共通語彙基盤の適用例】
@prefix ic: <http://imi.go.jp/ns/core/rdf#> .
:001 a ic:人型 ;
ic:氏名 [ ic:姓名 "徳川 家康"^^xsd:string ] ;
ic:年齢 [ ic:数値 "75"^^xsd:integer ] .
:002 a ic:人型 ;
ic:氏名 [ ic:姓名 "徳川 秀忠"^^xsd:string ] ;
ic:年齢 [ ic:数値 "54"^^xsd:integer ] .
:003 a ic:人型 ;
ic:氏名 [ ic:姓名 "徳川 家光"^^xsd:string ] ;
ic:年齢 [ ic:数値 "48"^^xsd:integer ] .
曖昧さや多様性といったものは必ずしも悪いものではなく、それがあるからこそ発展があり、新しい知見が生み出されていく。
しかし、曖昧さや多様性が障害となる分野もある。コンピューターのプログラムや、法律などがそれにあたる。
もし刑法に「悪いやつには、罰を与える」と書いてあったら、何をしたらどんな罰を受けるのか全く分からないし、戦前の治安維持法のような運用も可能となる。
そのような曖昧さを回避し、「ものを盗んだ人には、懲役3年の刑罰を与える」と具体的に示すのが、共通語彙基盤の本質的な意義だろう。
法の執行者であり、公共性や中立性が求められる公務の分野においては、共通語彙基盤の思想は比較的馴染みやすい。公的機関が共通語彙基盤を利用する土壌は少しずつ整ってきており、次は実践が必要な段階だ。
そのためには、IPAは、共通語彙基盤の技術情報や活用ツールの充実だけでなく、背景にある思想の周知や、利用者のメリットの広報に、これまで以上にリソースを割くべきだろう。
共通語彙基盤の魅力を存分に語ることができる「IMI伝道師」を育成して、日本各地を巡ってもらうのもいいかもしれないなぁ。
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